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ウーマン村本の「保毛男問題」主張の是非!私の考え。

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ウーマンラッシュアワー村本大輔氏と駒崎弘樹氏の「保毛男問題」に関する論争が話題になっている。まずは一連の流れをご存知ない方のために、事の経緯をまとめてみる。

※相違点などあれば加筆修正の可能性有。

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ウーマン村本氏と駒崎弘樹氏 「保毛男問題」に関する論争 一連の流れ

①フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」で石橋貴明が<保毛尾田保毛男>と名のつくキャラクターを演じる。(設定では、保毛尾田は同性愛者なのではないかと噂される男性とのこと)

②約30年前には人気を博したキャラクターであったものの、LGBTの認知と理解を進めていかなければならないという現在の社会には受け入れられず、局に批判が多く寄せられる。社長が謝罪するまでの出来事に発展。

③なぜ今の時代に同キャラクターをテレビに登場させてしまったのか、との批判はネット上でも多く声があがり、中にはLGBTを自認している当事者の意見もあった。

④性的少数者だと公言している当事者が意見を記したブログURLと一部文章を引用し、「お前だけが被害者面すんな、おれも学歴や職業や考えで差別されてると思うことは沢山ある。でも生きる。」とTwitterに投稿。賛否が寄せられる。

当事者のブログ:『知らない』は社会の責任だ -保毛尾田保毛男 の一件に関して-

⑤寄せられた賛否の中でも、Yahoo!ニュースに有識者(駒崎弘樹氏)が寄稿した記事に、ウーマン村本氏が反応。

駒崎弘樹氏の記事:LGBTの人々は「被害者面」してるのか?

以下、上記記事に対するウーマン村本氏のツイート

ウーマン村本氏と駒崎弘樹氏は、これ以降に意見交換などはしていないようだが、両氏界隈の方々が、Twitterやブログのコメント欄でそれぞれの主張を書き込んでいる(中には中傷じみた表現のものもあるが…)。FacebookなどのSNSにも主に駒崎弘樹氏の記事が拡散され、ネット上での論争を加速させているようだ。

ウーマン村本の立ち位置

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ここからは、上記一連の流れと両氏界隈の意見を読んだ私個人が感じたことであり、あくまで主観であることを前提に読んでいただきたい。

まず、多くの方が誤解しているように感じるのは、ウーマン村本氏の立ち位置。LGBTに対する差別をなくさなければならない、という意見を持つ方々が、「ウーマン村本はLGBTへの差別を軽視している」という文脈で非難している。しかしながら、村本氏の主張に私が思う彼の立ち位置はむしろ逆で、非難している方々と同じ「LGBTに対する差別はなくさなければならない」だ。少なくとも「私はLGBTへの差別を軽視している」という主張には到底感じられない。

LGBTをイジってはいけない社会の空気

ハゲていることをネタにして笑いをとる芸人さんは多い。トレンディエンジェルがその代表だろうか。彼らは自身の身体的特徴である「ハゲ」を笑いにしている。他人が触れることを躊躇する部分を自らが笑い飛ばすことによって、一緒に笑える空気をつくっている。その笑いの輪には「ツッコミ」「イジり」という役割を担う形で、ハゲ当事者ではない芸人も加わる。自分がハゲていようがいまいが、ハゲをネタにする芸人さんに対して嫌悪感を覚える方も中にはいるだろう。だが、トレンディエンジェルが人気を上げ、お茶の間に笑いを届けている現状から見るに、ハゲはイジってもいいらしい。

しかしながら、LGBTをネタにするとたちまち炎上し、社長の謝罪騒動にまで発展する。なぜか。それは「LGBTに対する認知と理解」が社会に浸透していないからだと私は感じている。自分の親父が年々ハゲていく様を見て、「自分の親父がまさかハゲるなんて…」と驚愕し、落胆し、その事実を浸隠す方はそんなに多くないだろう。それは3人に1人はハゲるという事実を社会全体が知っていて、ハゲがいるのが当たり前の社会だとみんなが知っているからだと思う。では仮に、自分の子どもが性的少数者であったなら。「そんなこともあるよね」とすんなり受け止められる人が、今の世の中にどれくらいいるだろう。これは私の感覚でしかないが、半数以上は「まさかうちの子が、、、」となるのではないか。ましてや、「うちの子、実は性的少数者でね、云々」なんて話題にしちゃうような親は、かなり稀だろう。

ハゲとLGBT 何がちがうの?

「うちの旦那、最近ハゲ散らかしはじめてね~ww」と盛り上がることはあっても、「うちの息子、実はゲイだったのよ~ww」と盛り上がることはない。ハゲていない芸人が、波平さんのようなカツラを被って笑いをとろうとしても、社長が謝罪することはない。でも、当事者ではない芸人がLGBTを演じても笑いにならないどころか、非難の対象になる。

両者のちがいは何なのか。(そもそもハゲとLGBTを同列に比較するべきではない という批判は一回置いといてください) それは、一見してわかるかどうかだろう。知られて馬鹿にされるかもしれないことを、わざわざ伝える勇気ある人は少数だ。でも、ハゲは一見してハゲである。隠そうにも隠しきれず、バレる。結果、一定数ハゲがいることを社会が知ることは容易い。もちろん、ハゲ当事者も同じようなハゲが一定数いることを知っている。(何を隠そう、私もハゲ予備軍だ。むにゃむにゃ。)

しかし、LGBTはどうか。内面のことなので、カミングアウトがなければわからない。今の日本では外見でわからないままに男・女どちらかに所属させられ、他者に知られないまま過ごしている人もきっと多いのだろうと思う。ここ数年でようやくLGBTの認知と理解を求める声が上がり始め、「身近にもいるんだな」という感覚を社会が持ち始めている。とはいえ、外見ではわからない特性に関することなので、認知と理解はまだまだ十分に進んだと言える状態ではないのだろう。

LGBTは擁護されるべき存在か

ようやく本題だ。今回の一件は、「LGBTには、十分に認知されないまま差別され、嘲笑の的になった過去がある。今こそ社会全体で声をあげて、その存在を守るべきだ。」というLGBT擁護派と、「いやいや、他のマイノリティを扱って笑いをとる芸人を非難しないのに、LGBTに関してだけ笑いにしちゃいけないっていう擁護論が、却って差別になりかねないんじゃないかい」というウーマン村本氏。双方の見ている世界は異次元で、前者はLGBTの認知はまだ道半ばだから、過去の失敗を繰り返さないように大切に取り扱ってあげなければいけない存在として、後者はむしろハゲと同列に扱って笑いの対象に引き上げるべき存在として見ている。ウーマン村本氏にはLGBTの認知は道半ばという感覚はあまりなくて、既に市民権を得ていると見ているように感じる。だからこそ、「想像力なさすぎ」という表現に繋がっているのだろう。既に社会が一個性としてLGBTを見ることができる段階にあるからこそ笑いにできると考えている村本氏からすれば、いつまでも擁護し続け、それを笑いにもできない世の中だから、正しく認知が進まないという負のスパイラルを想像できていないことに、苛立ちを覚えているように思うのである。

まとめ

私個人の意見だが、市民権を得たといえるほどにはLGBTの認知と理解はまだ進んでいないように感じていて、笑いのネタにするにはまだ時期尚早だと思う。でもウーマン村本さんの感覚は賛成できるものだし、何よりハゲと差を感じずにLGBTをイジれる世の中の方が、生きやすい人が増えるんじゃないかなぁ。当事者もその周りの人も。

ここまで書いたところでTwitterを見てみると、私が3000字程に渡り書きたかった内容について、乙武洋匡氏がとても完結にわかりやすく書いていた。自身の表現力のなさを痛感…。

いや。乙武さん文章上手すぎだろ…悔しい。

最後にウーマン村本さんの考えがにじみ出ているtweetがあったので、紹介して終わりにします。

おわりに

普段は気になる人物なんかをただ紹介しているブログですが、ある本を読んでいて「あ~!なんか発信しなきゃ。考えて何か発信していかなきゃ、信用を得ることも、今の時代を生き抜く力をつけていくこともできない。とにかくまずは行動だ…」となんだか感化されて、夜な夜な書いてみた。なんか努力の方向を間違っているようにも思うが、とにもかくにも一歩目だ。

西野亮廣さんの「革命のファンファーレ 現代のお金と広告」

ぺーぺーの20代が、明日も朝から仕事な平日夜に、普段から力を入れて応援しているわけではない(元々好きだったけど)ウーマンラッシュアワーの村本さんのことを書きなぐってしまうぐらいの意欲が湧いてくる本となっております。おすすめします。

…最後の最後で、お友達経由で「手紙(ラブレター)渡しといて」的なアレでした。

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